イギリス発、十人十色の働き方

 

       ボッティング大田 朋子(Tomoko Botting-Ota)

 

本コラムでは、働く女性にインタビューして仕事・起業のこと、ライフワークバランスのとりかた、リラックス法、時短の工夫といったお話をうかがいます。

 

第4回目は、ロンドンにある王立美術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのマスター取得後、イギリスを拠点に欧州、アメリカ、日本で作品を発表されているジュエリー作家 齋藤佳世さんに登場していただきます。

 

・齋藤さんはエリザベス女王スカラシップトラスト賞を始め数々のジュエリー賞を受賞されています。2010年には英国の美術財団賞にも選出されているし、毎年ゴールドスミスフェアにも出展されています。現在の活躍は目を見張るものがありますが、そもそもどうしてイギリスで活動されているのですか? 

 

日本では、最初、企業のデザイナーとして働いていました。主に、一般ガラスの食器のデザインから、飲料系会社やレストラン、デパートなどと共同製品開発です。企業という枠組みの中で、機械の生産性や、納期、値段、または、クライアントの意向などを絡めたデザインを考えなくてはなりません。 グループで仕事をする楽しさや、大量生産の醍醐味はあっても、何処かで、自分で最初から最後まで作りたいという気持ちが強くなっていきました。

 

そのフラストレーションを会社の先輩に話すと、ガラスの工房の共有を勧められ、週末に自由に自分の好きな小物をキルン(窯)で作るようになりました。その後、転職してガラスのギャラリーに勤め、作家とギャラリーの関係を見て行くうちに、私は、自分の世界を突き詰めている作家さんが、羨ましく、漠然と憧れる様になりました。そんな時、東京の洋書屋さんで、コンテンポラリージュエリーの本を見つけました。今まで、知らなかった分野に、惹かれて、徐々にヨーロッパで勉強してみたいと思うようになりました。

当時は、今と違って海外の情報を得るのに一苦労でしたが、本でコンテンポラリージュエリーを教える学校がイギリスにあることを知って、ブリティッシュカウンシルを通して、ロンドンの学校を選びました。それが、イギリスに住み始めたきっかけです。

 

ギルドホール大学では、アプライドアート専攻で、金属全般とジュエリーの混合のコースでした。ジュエリーの科目に関しては、素材は何を使ってもいい事になっていました。コンテンポラリージュエリーは、価値がないものから、デザインとコンセプトを通して、価値のあるものにしていくという事を学んでいたので、私も何か貴金属とは別の物を探していました。和紙のある国で育ったことに影響を受けたからか分かりませんが、紙の持つ温かみや繊維質に魅かれて、『紙』を使ったジュエリーを創っていました。

 

二年の計画で渡英しましたが、 やっと自分のやりたい事が見え始めた頃、帰国するのは、気が引けました。先生の勧めもあって、卒業後、ロンドンにある王立美術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アートのマスターコースに進む事を決めました。

 

・王立の美大ロイヤルカレッジ・オブ・アートのことを少しお聞きしたいです。

 

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下ロイヤル)では、課題も特にない中で、自分で研究課題を見つけ、計画を立て、考えを練って、作品に仕上げていく毎日でした。自由だけれど、同時に厳しい環境でした。ここで、自分のやりたい事にとっぷり浸かる事ができたのは、貴重な時間でしたし、今でも、大事なお友達に出会えたことは、ヨーロッパで、仕事をしていく上で、重要だったと思います。

ロイヤルはプロ育成の学校だけあって、卒業展覧会には、アート界の人がたくさん見に来てくれます。そこからギャラリーでの発表の招待に繋がり、今の土台が出来ました。

 

・美大を卒業したからといっても作家としてやっていける人はイギリスでもごくわずかですよね。ジュエリー作家として独り立ちしていく過程を知りたいです。

 

イギリスに来て、クラフト作家として独立している人たちと出会い、何よりも、発表の場があってと、前例を目の前で見ていくうちに、自然とそちらに向かって行かれました。 卒業後は、日本で活動する為には、どうしたら良いかと模索もしてみましたが、日本の工芸の世界は、また少し違う様なので、しばらくイギリスで、やれることからやって行こうと思いました。

 

とはいえ、工房を持つのは、大変でした。ビザの問題もあり、工房の場所を確保するのも、働くことさえも、簡単ではありませんでした。そんな折、ギルドホールの恩師が、アーテイストレジデンスとして、学校に勤務しないかと提案してくださったので、一気に全ての問題が解決しました。ここで、四年間、工房を使わせてもらいながら、作品を作り、発表しました。その後、クラフトカウンシル(クラフト全般を支援・促進する英国の組織)のビジネスセッティングアップグラントを受けて、自分の工房を持てる様になりました。イギリスでは、国籍を問わず、やりたい意思が伝わると、助けてくれる機関の懐の深さに感謝しています。

 

・斎藤さんの作品を見ると線の美しさにうっとりします。作品を作る時のインスピレーションや自分なりの流れなどはありますか?

 

自然物は、やっぱり最高に美しいですよね。真似できません。でも自然に近づきたい思いがあるから、植物や、海で拾ってきた物などを、よくスケッチしたりします。ただ、その形を模倣するのではなくて、その雰囲気やインプレッションを抽出して、シンプルかつ、自分の形を作り出す様にしています。モデルも作り、全体像を掴みます。この過程が、一番好きなのですが、沢山のエレメントを前に形を重ねたり、コンポジションを工夫したりして、バランスの良い、動きのある作品を作ることを心がけています。ジュエリーは、身に付ける物です。機能的であることも大事な要素なので、重さや、着け心地の良さなども考慮しながら、最終的な形になります。同じものは、二つと無いというユニークさも、私としては、大きな付加価値です。

最近では、すべて自分で仕上げるのは、無理になってきましたので、アシスタントの方々に一緒に、パーツ作りを手伝ってもらいます。 人それぞれ、形の認識が少しずつ違うので、同じ様に仕上げるのには、細部に渡って、話し合いをしながら、チェックを繰り返します。 ゴールドは、ほとんど全て私が作りますが、シルバーは、アッセンブルのみに集中しています。

 

・作品を作られるうえで大切にされていることは?

 

手で作る温かみを大切にしています。自然物は、すべて形が少しずつ違いますよね。だから、それと同じ様に、一つ一つのパーツを最初から最後までこだわって、手で作っています。細かいエレメントも板材から切り取り、成型しています。よく、私はヒューマンエラーと呼んでいますが、ちょっとした形のバリエーションが、最終的に柔らかさを醸し出していたりします。 同じデザインのパーツを50個なり80個なり作るとき、例えば型を作ってキャストしたり、押し型で切ったりすれば、作業は楽ですが、機械を使ったものと、手作りの物との差は、歴然と出て来ます。

 

・家事、育児、お仕事の両立にあたってされている工夫や自分なりの手抜き、モットーなどがあれば知りたいです。

 

子どもは今小学生と中学生、二人とも大きくなってきたのでだいぶ楽になりました。ロンドンから越して来たときに、最初は、子供が小さかったので、お友達を探すのが大変でしたが、徐々に交際が広がって行きました。近所にネットワークを作っておくのは大切ですよね。忙しくてかまってあげられないときは、子どもたちの友達を家に呼びます。そうすると勝手に遊んでくれるので、助かります。

夏休みなどはスポーツなどのキャンプ(イギリスの休暇中に行われる日替わりアクティビティープログラム)に申し込んだり、近所の働くママ同士で協力しています。夫もリモートワークを積極的に取り入れている会社で働いているので在宅勤務のときも多く、二人でなんとかやっています。

食事は体に関係があることなので、素材も気にしますし、なるべく料理もします。でも家が散らかっていても、洗濯物が山になっていても仕方ない、くらいの気持ちです。仕事優先の時もありますから。完璧は無理、と始めから思っているくらいで丁度いいですよね。

 

・ワークライフバランスをとるために意識されていることはありますか?

 

家の隣に工房があるので、必要なら夜や週末でも仕事をします。ついつい、料理しながらや、子どもといるときでも、デザインのことを考えてしまったりして、よく怒られます。仕事の種類的にもオンとオフの使い分けは難しいですね。家で仕事している分、子どもの世話をしながらできるメリットや便利さはありますが、仕事と生活の線引きが曖昧になりがちです。 外に働きに行く人に比べて人に会わないという、側面もあります。

だからというわけではないですが、息抜きは上手にしています。1週間に一度夜のヨガクラスに通って凝った肩をほぐしたり、仲良しの友達たちと予定を合わせてシネクラブへ行って、好きな映画を見て、頭を切り替えています。

 

【齋藤佳世さんのブランドKAYO SAITO jewellery&関係サイト】

・KAYO SAITO jewellery  www.kayosaito.com

   インスタグラム https://www.instagram.com/kayosaitojewellery

・エイドリアン・サスーン氏 https://www.adriansassoon.com/

 

・ゴールドスミスフェア https://www.goldsmithsfair.co.uk/

 


ボッティング大田 朋子 Tomoko Botting-Ota 

ライター&プロジェクトプロデューサー 

  

アメリカ→ドイツ→インド→メキシコ→アルゼンチン→(数か月ばかりの英国滞在)を経て、2011年秋スペインへ移住。 

現在イギリス・カンタベリー在住。 

メキシコでオーガニック商品の輸出会社立ち上げ+運営。 

アルゼンチンのブエノスアイレスでマンガの国際著作権エージェント立ち上げスペイン語出版。 

 ⇒プロフィールはこちら https://tomokoota.wordpress.com/about/ 

  

ブログ https://tomokoota.wordpress.com/